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熱いビートちょうだ〜い!

桐山照史くんのソロコンまで一直線

笑われてもいいクソ不器用でもいい

桐山照史くん27歳のお誕生日を迎えました!
2016年8月31日!

 


あまり自担にでれないと有名な(自称)わたしですが、今日ぐらいのことをたくさん考える1日であってもいいのではないかと思いまして...

 

みなさんにお見せできるような文章ではないかもしれませんがお付き合いいただけるとうれしいです。



 

2008年 ごくせん で知った桐山くん。

http://www.ntv.co.jp/gokusen/castlist.html
文章通り "知った" のみでこの時は倉木くんにクラクラしてませんでした(きっぱり)


そこからひとつわたしの愛メーターが上がりました。
2010年 流れ星 というドラマでした。

http://www.fujitv.co.jp/b_hp/nagareboshi/
当時だいすきだった北乃きいちゃんとこれまた当時だいすきだった竹野内豊さんが出演するドラマだと聞いて見始めました。

 

「あっ、ごくせんに出てた子や!」

 

わたしの認知力が役に立ちました。
このときのあきとくんはとてもいい役をもらっていてドラマに見入ってしまうわたしは気づかぬうちに完全にあきとくんの魅力へとひきづりこまれていたのですね。


かと言ってわたしの不動の一番はぜったいに嵐で。


正直、少クラも難民だったわたしはジャニーズJrの存在もよく知りません。

関西の面白い男の子 桐山照史くん

(当時てるしくんだと思っていた)


高校1年生の入学してすぐ、さいしょに話しかけた子がたまたま関西Jrが好きで。

いま考えるとこの子に話しかけてなかったらわたしここまでジャニーズWESTにハマってなかったかもなぁとか。


その子といるといつも関西Jrの神山くんの話ばっかりで。
「わたし、桐山くんがすき!」

「えってるしかよ」って言われたの今でも覚えています(笑)


一緒に行ったジャニショ。
はじめて嵐とNEWS以外の写真を買いました。
それがあきとくんでした。
「この笑い方好きやねんなぁ〜」

 

ちょうどその年、彼らにデビューが決まりました。

ジャニーズWEST

 f:id:pinoko831:20160827145005j:imagef:id:pinoko831:20160827145010j:image

 

「あきとくんいてる!」

(あきとくんって呼んでる〜成長〜)

 

桐山照史

重岡大毅

中間淳太

小瀧望

 

 

......あれ?神ちゃんいない?

 

 

神山担に叩き込まれたおかげで異変に気づいたわたし。


Twitterをのぞくと

嫌や。 神ちゃんがおらん。

って荒れていたともだち。

 

 


ほんとにその当時全然なにもわからなかったわたしでも足りないんだなって思った記憶があって。

 


後日談(一万字参照)によると、誰にとっても良い結果でなかったと。

 

ここから少し一万字についてわたしの見解を述べますので鬱陶しかったらビュンと飛ばしてください。

 

1番望んでいたはずのデビューが
1番望んでいなかったカタチだった 


"7人でやりたい"

 

気持ちだけじゃどうにもならない。

4人でやっていこうと腹をくくった。


"前者だった" けど "後者だった" あきとくん。

 

 

重岡くんがずっと7人にこだわりつづけていたのは他のメンバーからもある通りで、

そんな重岡くんとたくさん話し合ってやっぱり7人がいいんだと考えていた小瀧くん。

淳太くんはどっちかとかじゃなくて間に立って3人のことを考えたうえで4人でのスタートも覚悟していた感じで。

 

照史くんは3人のことはもちろんそうだけど、残された関西Jrの仲間たちのことも強く考えていたのかなという印象です。

 

いままで関西Jrの前で仲間たちをひっぱってきたあきとくんだからこそ、自分のデビューで一緒にやってきた関西Jrのことまでも背負ってしまっていたのかなと。

 

そんな仲間思いのあきとくんが4人でのデビューを覚悟してしまった自分に対して

 

7人がいいのは当たり前。でもここまで来たらそれは酷かもしれないけど、今、やれることを全力でやろう。

ほかの3人からしたら、なんでもう腹くくってんの?冷たすぎない?って思ったかもしれないけど。

 

酷 や 冷たい という言葉をつかっています。

関西Jrのお兄ちゃん的存在だったあきとくんは甘える相手がいなかったと最近になって少し本音を漏らしてくれるようになりました。

 

違うんだよ 大丈夫だよ  って彼を抱きしめてくれる存在がいまのジャニーズWESTなんじゃないなって。

 

 

その後、やっぱり3人が必要だと社長に異例の直談判を経て7人でのデビューが正式に発表されます。

 

 


 "7人"ジャニーズWESTになって発売したファーストシングルええじゃないか

 
そして、わたしがはじめてあきとくんに会えたのがええじゃないかリリースイベント。

 

その頃には、もうほとんど神山担のおともだちに染められジャニーズWESTにどっぷり浸かっていました。


Zeppなんば二階席ではじめて見たジャニーズWESTはあきとくんが恐れていた4+3なんかじゃなくて、
というひとつの個でした。

安心した。

一番の感想でした。

 

なにかの縁でたまたまインタビューで当てられた女の子がわたしと同じ名前であきとくんから名前を呼ばれたこと。
最後のハイタッチでやわらかくて温かいあきとくんの手がぎゅって握るようにしてありがとうと微笑んでくれたのが忘れられなくて。

ごめんなさいノロケました(失敬)


そんなこんなで今を迎えています。

 


デビューを諦めて去っていったいくつもの背中を見てきたあきとくん。

それでも関西Jrは自分が支えなきゃいけない。

桐山照史はいつでも笑っていなきゃいけない。
と強がって生きてきた責任感の強いあきとくん。


だって、しんどかってんもん...

 

リリイベで漏らしたあきとくんの一言がわたしはとても嬉しくて。

育ジャニで魚が釣れなかったと泣いていたあきとくん。あの涙はメンバーが自分の不甲斐なさを快く受け入れてくれた嬉しさからの涙だったとこの一万字を読んで気づきました。

 

そうやってたまに弱音を吐いてくれればいい。

いま隣を見ればそんなあきとくんを支えてくれる仲間が6人もいて。

 

背負い込みがちで脆くていつか壊れてしまいそうなあきとくんだけど、
きっとジャニーズWESTである限り大丈夫だなと安心しています。
この6人と出会ってくれてありがとう。

ジャニーズWESTになってくれてありがとう。

 

27歳もだいすきです。

 

おめでとう。

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